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2005年08月28日

通訳最終日ー旅立ち

今日は正午の便でフランスに旅立つフランス人メンバー4人を見送りに、成田空港へ行った。

今回は仕事ではなくプライベートのため、彼らの自主性に任せていたが…

1時間半前にやっと搭乗手続きをしにカウンターに行き、預ける荷物がバラバラなのを注意されて直し、女優さんの預ける荷物の中にライターが2つ入っていて、それが大きなバックパックの一番下だったためお土産のテトリスや折り紙や衣類を全部引っ張り出して、ライターを探し出し、

やっとのことで手続きが済んだら、空港のショップでお茶や浮世絵もどきなどのお土産を買い、例によって一人はトイレ、一人はタバコを買いに、一人はビールを買いに…とばらばらになり、全員揃って搭乗口に入ろうとしたのは、出発予定時刻の30分前。

私はそこから先は入れないので、何度もキスして抱き合って、別れた。
彼らは「いつも通り、僕たちが一番最後だね」と言い残して去って行った。

それから30分後、飛行機が無事出発し、全員乗れたらしいことを確認して、やっと涙が出てきた。こんなにぎりぎりでも飛行機に乗れる。彼らは彼らのやり方で何とかなっている。
今回のフェスティバルに参加した18カ国で一番の問題を起こしたのが彼らで、一番問題のある通訳が私だったとしても、もうそんなことは気にしない。
彼らは本当に親切で暖かい人たちで、私は彼らが大好きだ。彼らだったから、私は頑張ることができた。

2005年08月27日

通訳最後の夜ー@上野

夕方、フランス人からやっと電話があり、「今夜が最後の夜だから、上野で飲まない?」という誘いを受けたので、上野へ向かった。彼らのことだからきっと、アメ横に向かうだろうと思って中央口を出て待っていたら、また彼らから電話が。

「上野駅の改札出てすぐピンクの看板でレストラン・アレって書いている所にいる、女性二人はオイに買い物に行った」というよくわからん情報をもらって、探していたら、公衆電話で電話をしようとしている怪我人のフランスメンバーに偶然出会うことができた。その上にはレストラン・アトレの文字。オイは丸井のことだった。

とりあえあず、怪我人はギブスをはめていたものの、思っていたより大層なギブスではないし、元気そうだ。これならちょっと腰が痛いくらいに見える。肋骨5ヶ所折れてるようには見えない。彼が東京に帰って来られるかとても心配だったので、彼の姿を見て安心した。

早速4人のフランス人を連れて、夜のアメ横を歩いた。外国人の多い町の割には英語が通じず、彼らの最後の買い物の手伝いをした。そして、江戸小物屋さんの店主のおじいさんに、何かの拍子に「ちゃんと通訳してくれないと困るよ」と怒られた。
私は日本語しか話さない店主のためにボランティアで通訳してあげて、売り上げに貢献しているのに、何で怒られるのか判らない。しかし外国人を連れていると、よくこういうことがあった。外国人だけ「お客さん」という態度、特に日本の伝統工芸品屋さんとかに多い。

最後の夜は鳥取で満席のため入れなかった「土間土間」にした。
いつも通り「チューハイ」と「サケ」をたくさん飲み、刺身と牡蠣フライをたくさん食べて、怪我人の沖縄での2週間の入院生活を聞いたり、他のメンバーの京都・奈良・三島の旅行の話を聞いたり、楽しいひと時を過ごすことができた。
そして私が旦那と仲良くしてるかについて非常に心配された。結婚してるのに、20日間仕事で家を空けていたのは、彼らとしても心配なことだったらしい。フランス人も夫婦の拘束は結構厳しいので、不思議なんだろう。っていうか日本人でも不思議か。理解のある旦那でよかった。

こんな風にして彼らと飲むのもこれで最後。仕事中の20日間はほぼ毎日一緒に飲んでいたので激しく寂しい。

2005年08月06日

芝居の通訳

明日から鳥取、沖縄、熊本とフランス人の児童劇団の公演についての旅が始まる。
精神的にも体力的にもぎりぎりだけど、フランス人たちがいい人たちなので、彼らのためなら頑張って何とかしようと思う。

今日は私もフランス人たちもオフだったので、渋谷に芝居を見に行って、CITIBANKに連れて行って、ドンキホーテ見て、浴衣買って、ハチ公前で待ち合わせをして、非常に楽しい1日を過ごすことができた。
しかし、今日の中で彼らが一番驚いて写真を撮ってたのは、表参道のあまりに立派なプラダ。
激しいカルチャーショックを受けたらしい。

そういえば、前の会社の時に隣の席に座っていたフランス人も、日本でおもしろかったのは「百円ショップ」と「コンビニ」とか言ってたっけ。
イマイチ彼らのつぼがよくわからない。

2005年08月01日

フランスの児童劇団公演

あさってから、EUの児童劇団の日本招聘公演にスタッフ参加します。

初日朝6時ごろ家を出て、成田空港に迎えに行き、それから夜遅くまでの激務が20日間ほど休みなく続く…
不安だ。途中で倒れたらどうしよう…。フランス人たちに気に入られなくて首になったらどうしよう…

不安が尽きない。