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通訳最後の夜ー@上野

夕方、フランス人からやっと電話があり、「今夜が最後の夜だから、上野で飲まない?」という誘いを受けたので、上野へ向かった。彼らのことだからきっと、アメ横に向かうだろうと思って中央口を出て待っていたら、また彼らから電話が。

「上野駅の改札出てすぐピンクの看板でレストラン・アレって書いている所にいる、女性二人はオイに買い物に行った」というよくわからん情報をもらって、探していたら、公衆電話で電話をしようとしている怪我人のフランスメンバーに偶然出会うことができた。その上にはレストラン・アトレの文字。オイは丸井のことだった。

とりあえあず、怪我人はギブスをはめていたものの、思っていたより大層なギブスではないし、元気そうだ。これならちょっと腰が痛いくらいに見える。肋骨5ヶ所折れてるようには見えない。彼が東京に帰って来られるかとても心配だったので、彼の姿を見て安心した。

早速4人のフランス人を連れて、夜のアメ横を歩いた。外国人の多い町の割には英語が通じず、彼らの最後の買い物の手伝いをした。そして、江戸小物屋さんの店主のおじいさんに、何かの拍子に「ちゃんと通訳してくれないと困るよ」と怒られた。
私は日本語しか話さない店主のためにボランティアで通訳してあげて、売り上げに貢献しているのに、何で怒られるのか判らない。しかし外国人を連れていると、よくこういうことがあった。外国人だけ「お客さん」という態度、特に日本の伝統工芸品屋さんとかに多い。

最後の夜は鳥取で満席のため入れなかった「土間土間」にした。
いつも通り「チューハイ」と「サケ」をたくさん飲み、刺身と牡蠣フライをたくさん食べて、怪我人の沖縄での2週間の入院生活を聞いたり、他のメンバーの京都・奈良・三島の旅行の話を聞いたり、楽しいひと時を過ごすことができた。
そして私が旦那と仲良くしてるかについて非常に心配された。結婚してるのに、20日間仕事で家を空けていたのは、彼らとしても心配なことだったらしい。フランス人も夫婦の拘束は結構厳しいので、不思議なんだろう。っていうか日本人でも不思議か。理解のある旦那でよかった。

こんな風にして彼らと飲むのもこれで最後。仕事中の20日間はほぼ毎日一緒に飲んでいたので激しく寂しい。

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