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2006年10月15日

お別れ会?@銀座

会社の部内の人々が、私のお別れ会を開いてくれた。
ものすごい数の人が辞めていく会社なので、お別れ会・歓迎会はしてもらえない人も多いのだが、私はどちらもしてくれた。色紙とプレゼントとお花までくれたし、瀬戸内海出身で魚に目がない私のためにいいお店を選んでくれたし、最後まで部内の人々の優しさと心づかいには感動した。

思えばこの10ヶ月、私は部内の人々には本当によくしてもらえた。そのおかげで、周りはどんどん辞めて行く中、誰も続かない会社だけど、私は続けることができた。
そんな中、お別れ会のはずが、何故か微妙に復縁を提案された。

10月2日に辞めて、急いで就職活動を開始したが、10月スタートの仕事がもうひととおり決まった後だし、TOEIC勉強する時間も受ける時間もなかったし、フランス語使用の仕事は数が限られてるし、私にはたいした職歴がない割りに若くないし、もちろん難航している。ちゃんと準備して辞めないと、すぐには仕事にありつけない。

大人だから、気持ちの問題だけなら乗り越えられる。戻ったほうが、先に行けるなら、それでもいい。でも、戻っても結局同じことになるのではないかという不安はある。

これが恋愛だったら、絶対そんなダメ男とは別れる。友達でも別れなさいって言う。
でも、仕事でダメ会社から復縁を提案されたら…。私には私のやりたいことがあり、そのために無理をしている、という事情がある。こんな時Passionが情熱と受難同じ言葉である意味がよくわかる。私のやりたいことに対するPassion(情熱)が、困難な状況(受難)を生む。でもどちらかを手放すことはできない。

とりあえず、就職活動を頑張る。その後どうするか、悩みを生むお別れ会となった。

2006年10月12日

だめ会社うぉ~か~

9月まで10ヶ月派遣で勤めた会社から、契約社員にならないかと言われたのは8月の終わり。
目的は派遣の費用の経費節減。私はその意図を理解して、承諾し、年俸を提示し交渉しつつ、派遣会社との契約を9月末で切った。

しかし契約交渉の結論をぎりぎりまで引き伸ばされ、9月最終日の6:30くらいに呼び出されて聞かされたことが
「3ヶ月は試用期間」「その間は社会保険もないので、自分で国民年金・国民健康保険に切り替えろ」

…もう10ヶ月勤めているのに試用期間を設けることが既に違法だが、(試用期間は社員としてやっていけるかどうかを見極める期間なので)その間に社会保険がないというのはもう、私を継続して雇用する意思がないということだと思い、他にそんな人はだれもいないのを知っていたので、突っ込んだら、

「会社の経営状態が悪いから、社員になって欲しいけど、今は約束できない」「遅くなってごめんなさい」という最終日に言われても到底受け入れられない不平等契約を突きつけられ、交渉も打ち切られ、仕方ないと思い契約を結ばないことにして辞めた。そのことを何とかできるのは彼だけなのに、結局彼がそこであっさり謝ってしまうのなら誰も私のことを守れないし、試用期間中に雇用保険もない状態で一方的に解雇されると思った。

私の直属の上司は会社の上層部に対して涙を流して怒ってくれたし、私の前任者がもし復帰するって言われても「ずんこさんよりいいアシスタントはいません」と言って断ると言ってくれた。違う部署で働く女性も「こんないい子を失業させてられないわ」といって、知り合いを紹介してくれた。

誰かはしなくてはいけない仕事をしていたし、翻訳を外注に出すことを思うと私の給料は安かったし、薬事関係の書類はもう私しかわからない状態になっていたし、リストラするにしてもあまりメリットはないと思っていたのが甘かった。

一族経営で、社長とその家族が有り得ない額の給料をもらい、その他の社員は殆ど誰も続かず辞めいていく。ひどい会社なのはわかっていたが、前はもっと酷かったので(薄給とセクハラ!)、私ならやって行ける自信があった。男を見る目はあるつもりだが、会社を見る目はとことんない、「だめ会社うぉ~か~」まっしぐらだ。

2006年10月07日

こんな時はQUEEN "The Show Must Go On"

私の携帯のミュージック プレーヤーに入っている曲リスト、

ミスチル(潜水/空風の帰り道/And I Love You/掌…)
槇原敬之(MILK/世界に一つだけの花/優しい歌が歌えない…)
平原綾香(Jupiter)
それと樋口了一(1/6の夢旅人2002)「水曜どうでしょうDVDのテーマ」…

そんなつもりはないが、内省派アーティストの暗い曲リストみたいだ。
でもそこに混じって、何故かQUEENの曲はたくさん入っている。
今みたいに本当に沈んだ時はQUEEN。
フレディ・マーキュリーのセクシーだけど癒される声を聞く。

1度幕が開いたらスペクタクルは続けなければいけないのと同じように、1度始まった人生は続けなければならないということが、不思議な説得力を持って自分に訴えかけてくる。
それは思い出の中での刷り込みなのか、素人の俳優だった頃の遺伝子なのか、どうしてかはわからないけれど。

…やっぱり暗いな。違うの、もともと暗い部分はあるけれど、こんなに暗いのは今だけなの。今だけだってば。

2006年10月01日

泣きすぎ

会社との契約交渉であまりに酷いことがあり、もう会社に行かないつもりなのだが、(契約を結んでないので)10ヶ月勤めた会社でのあまりに酷い仕打ちが許せなくて、悔しすぎて、金曜日の7時過ぎに会社を出た直後から泣き続け(会社でもパソコンに向かいながらこっそりちょっと泣いたが)3日目突入。目の下がちょっとすりきれてきた。

赤ちゃんのころから、私は泣き出すと何時間でも泣き続ける子供として、家族の印象に強く残っているらしいが、大人になった今もちっともかわってない。

涙をとめるいい方法知ってる人、教えてください。
あと、人前で泣かない方法も。

はあ…縁の太い伊達めがね買わなきゃな…。