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2007年09月26日

熊の敷石(le pave de l'ours)

熊の敷石(le pave de l'ours)とは、人を傷つける親切心のこと。熊が友人にたかるハエを追い払おうとして石を投げ、友人を殺してしまうというラ・フォンテーヌの寓話からできた表現で、堀江敏幸氏の芥川賞受賞作のタイトルにもなっている。

最近よく、自分が投げてしまった敷石のことを考える。意図的に人を傷つけることはあまりないけれど、おそらくその大部分は、自分の知らないうちに投げてしまっているのだろう。

2007年09月25日

似ている

パリは京都に似ている。
パリはエスカルゴ、京都は碁盤の目に整備されていて、どちらも大きな川が流れているので、地図の読めない私でも迷うことがあまりない。世界各国からの観光客がいて、沢山の歴史的建造物があり、多くの観光地に徒歩か、わずかに地下鉄に乗るだけで行くことができる。

モンペリエは坂道やセレクトショップの雰囲気が自由が丘に似ている。
これはあるいは自由が丘がフランスを意識しているからなのかもしれない。

ルルドは、同じく巡礼地である出雲に似ている。
出雲大社へと続く大きな参道を通っていると、ルルドで聖地の泉に向かっているような既視感に襲われた。

そして、私の故郷の瀬戸内海沿岸は地中海と似ている。
温暖で、魚介類が豊富にあって、オリーブを栽培することができる。そういえば故郷の県木はオリーブで、子供のころ地元のオリーブでできた香水の小瓶を持っていたっけ。
私が地中海沿岸で感じた不思議な安心感の理由は、この単純にして明快な事実だということになぜ今頃気付いたのだろう。

2007年09月23日

三十路ワールド

1ヶ月余り前に、三十歳になった。

しかし今の私は、もう充分な分別を身につけてしかるべき歳であるにもかかわらず、どこかの部族の野蛮な成人の儀式に放り込まれている気分だ。蜂の巣のたくさんある洞窟に入って、そこにしか咲かない花を摘んで帰って来るとか、高い崖から海に飛び込んで、海底の石を掴んで浮かんで来るとか、そういうやつだ。

海に飛び込んではみたものの、石を掴むことがどうしてもできず、浮き上がることができない。

10年前二十歳になった時に比べると、大きな喪失感はない。
10代の頃自然に得られていた成長は、自分が自分に課すものへと変わり、たくさんのできたこととできなかったことのある10年間となった。自分の夢とは別に、社会の構成員としての責任ある行動や、まわりの人に親切にする気持ちなどの確かな"徳"を積み重ねることはできただろうか。

誰かにこの海に突き落とされたのなら、私はこのまま沈んでしまうかもしれない。でも飛び込むために足を踏み出したのはまぎれもなく自分で、その時に確かに持っていた10年遅れの成人の欲求を思い出して、もがいてみるしかなさそうだ。